動物園はなぜ存在し、そこで動物たちは飼育展示されているのか。今まで考えたことはあるだろうか。
日本人のほとんどが動物園は娯楽施設であると認識しているのが現状だと思う。確かに動物園は家族や友人と楽しい時間を過ごすことができる場所だが、単なる娯楽施設ではない。世界動物園機構が1993年に発表した世界動物園保全戦略には「動物園の最大の存在意義は、直接・間接を問わず環境保全に貢献できることである」(*1)と記され、動物園が種の保全とさらに環境教育のための施設であることが述べられている。例えばウシ科の動物でユニコーンのモデルと言われるアラビアオリックスは野生下では一度絶滅したが、動物園での飼育個体群が確立できていたため再導入され野生復帰を果たしている。他にも飼育下で得た研究データにより、種の生態が解明され野生での保全活動に生かすなど、飼育下での地道な積み重ねが環境保全に貢献している。このような取り組みは動物園が行っている直接的な環境保全への貢献である。また飼育されている動物を学習材として用いて環境教育を行うことも間接的ではあるが環境保全への貢献と言える。
直接的に環境保全への貢献が見える野生復帰や飼育下研究に対して、動物園教育の環境保全への貢献は見えにくい。その見えにくい貢献を動物園だからできるコミュニケーションを通して考えてみたい。
動物園では多種多様な動物たちが飼育されている。動物をじっくり観察すると、それぞれの生息環境に適応していることに気づく。それは「動物とのコミュニケーション」によって得られる発見だ。動物たちの生き様をじっくり観察して、動物たちの生息環境に思いを馳せることが私の述べたい「動物とのコミュニケーション」である。
そして、来園者の多くはグループ単位で動物園を利用する。また、動物園には飼育係や獣医などの職員や、来園者に解説活動をするボランティアなど多くの人がいる。既有の知識や動物園での発見を共有することによって「動物を通した他者とのコミュニケーション」が生まれ、お互いの動物観に触れることができる。
動物たちが発信している情報をキャッチし、その情報を手掛かりとしてあれこれ想像することや、他者の動物観に触れ無意識に思い込んでいたことを問い直すことは、さらに「動物を通した自己とのコミュニケーション」と言えるだろう。自身の動物観を問い直し、再構築することは、動物という他者を理解することになるのではないか。動物の持つ他者性を認めることは広く一般に公開している動物園だからできるコミュニケーションであり、教育的効果だと私は考える。
イタリアの小さな都市レッジョ・エミリアで行なわれている幼児教育では、「美的次元での学び」を重要な概念にしている。美的次元とは、「こちらの心をつき動かすような印象深く感動的な経験、もしくはもっと深く考えてみたくなるような経験」(*2)であり、様々な物事への探求の過程である。レッジョ・エミリアでの研修に参加した刑部育子氏は、レッジョ・エミリアの小学校3年生に「日本は原爆を落とされた唯一の国ですが、あなたたちはどう思われますか」と質問されたことを振り返り、「美を感じる力とともに美の反対側の世界も感じる、考えるということが子どもたちの中に確かにあるのだということを思わずにはいられなかった」(*3)と述べている。私はこのエピソードを聞き、美とその反対側の世界と思われるもの、例えば破壊的に絶滅されたものやおぞましいものであっても、美と切り離されたものではなくグラデーションのように繋がっているのだと感じた。美的次元での学びを大切に育てられてきた子どもたちは、美の反対側の世界からも目をそらさない倫理的態度を持っているのだ。
野生動物の生息環境では多様な動物や植物が直接関わり合い生きている。絶妙なバランスのもとで成り立っている関わり合いは生物多様性そのものであり、美しさと言えるのではないか。動物園でのコミュニケーションは、先に述べた「動物とのコミュニケーション」「動物を通した他者とのコミュニケーション」「動物を通した自己とのコミュニケーション」が円環的に繰り返され、決められたゴールはなく探求し続けるものである。まさに美しさの探求が動物園でも大なり小なり行われているのだ。そして、生物多様性の美しさが失われつつある深刻な現状、つまり美と切り離すことのできない美の反対側からも目をそらさない倫理的態度を育むポテンシャルを、動物園は持っているのである。
動物園教育の目標は冒頭に述べた通り「環境保全への貢献」である。動物園だからできるコミュニケーションによって、自身の動物観を問い直し再構築する探求の過程は「美的次元での学び」、さらにその先を見据えれば環境保全と呼べる。動物園は生物多様性の保たれた地球の美しさを来園者と共に探求していく中で野生動物保全の参加者になってもらうことによって、間接的に環境保全に貢献できるのである。そしてそれは21世紀に動物園が存在する意義のひとつなのではないか。
【引用・参考文献】
*1世界動物園機構(IUDZG-WZO)・IUCN/SSC/CBSG(1993):世界動物園保全戦略. (日本語版;日本動物園水族館協会(1996))
*2刑部育子(2014). 連載第1回 学び-美的次元からの考察:出会い-幕開けの季節を迎える-. 『キリスト教保育』, キリスト教保育連盟, 541, 42-43.
*3刑部育子(2014). 連載第9回 学び-美的次元からの考察:美と倫理(その2). 『キリスト教保育』 キリスト教保育連盟, 549, 34-35.